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2007.09.11

珍味人柱

 それは貝柱だ。

 どういう流れでそれを検索したのかわからんが(多分仁徳天皇ガラミだ)、茨田堤という項目をWikipediaで読んだ

 読み進めると、工事中に人柱が立ったことが書かれている。大昔のことだし、そりゃあ人柱もあったことだろう。江戸時代でもやってたしな。そこにはこうあった。

どうしても決壊してしまう場所が2か所あり、工事の成功を期して、それぞれの箇所に1人ずつ河伯(川の神)への人柱が立てられた。犠牲に選ばれたのは、武蔵の住人の強頸(こわくび)と河内の住人の茨田連衫子(まむたのむらじのころものこ)で、強頸は泣きながら入水していき、衫子はヒョウタンを使った頓知で死を免れた。結果として、2か所とも工事は成功し、それぞれ強頸の断間(こわくびのたえま)・衫子の断間(ころものこのたえま)と呼ばれた。」

 とんち!? とんちでどうやって人柱にならんで済むのか? ヒョウタンにためた空気を呼吸して生き長らえたとかか?

 さらに調べてみたところ、大阪市旭区の歴史にとんちの内容が載っていた。

茨田連衫子は川にヒョウタンを投げ込み「本当の神ならばヒョウタンを沈めてみよ」と叫びヒョウタンが沈まなかったことからこの生贄が神の意志によるものでないとして、生贄をまぬがれました。

 うわーホントにとんちだ! 役人とかそういう連中もこれで納得したのか?

 強頸も武蔵の国からはるばる連れて来られて人柱になってなあ。衫子がさっさと入れ知恵しとけばよかったのに… 今となってはのんきに語れるものだが、当時は人柱を立てる方も人柱になる方も必死だったに違いない1700年前のハナシでござった。

P.S.
 今日は心温まる事件が起こった。新日本奇行も見ていただきたい。

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