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2008.03.22

我々は遠くから来た。そして遠くへ行くのだ

 タイトルは本文とは何の関連もない。

 今月7日は、青函連絡船が運行を始めてちょうど100年という日だった。また13日は、青函連絡船が廃止されてちょうど20年たった日だった。
 それに合わせて特別な展示をやっている、との事だったので最も気軽に行ける羊蹄丸に今月中に行くことにした。

 訪れたのは春分の日。20日だ。あいにくの雨だったが、屋内の施設ならば大丈夫だろうと思い家を出た。

 羊蹄丸があるのは船の科学館。来るのは初めてだが… 来そこなったことはあった。30年前宇宙博が開かれたのがここで、訪れるつもりだったのだが熱を出してしまい来れなかったのだ。
 現在はゆりかもめの駅が目の前にできているので交通も便利だ。駅を降りるとすぐ"船の科学館"と書かれた碑が立っている。この字を書いたのは笹川良一。この名前も碑に書いてある。戸締まり用心火の用心。

 チケット大人700円也を払い常設展示場へ。予定がおしているので流し見する。船の科学館内には海上保安庁の信号所があり、窓越しに見学することができるのでしげしげと眺める。ここでは、東京湾岸にあるFだのIだのがぴこーんぴこーんと点滅する謎の標識を管理している。船の科学館自体も信号所になっていて、行った時はFが点滅していた。

 展望台に登り、羊蹄丸を上から見る。隣にいるのは宗谷。
 連絡船はこんなに小さかったか? 子供の頃はばかでかい船だと思っていたものだが。
 地上に降り羊蹄丸へ。青函連絡船は3度乗ったことがある。陸奥湾一周をした羊蹄丸。修学旅行で乗った大雪丸。そして家族旅行で乗った羊蹄丸だ。最後に乗ったその船に26年後再び乗る事になるとは思いもせなんだ。これが小夜の中山というやつか。

 船内は往時と比べ大幅に改装されていて、面影もどっかいっちゃってる。子供が出られなくなったトイレも今風になっていて悲しい(ちなみに、引くと開くドアを押していたため出られなくなったのだった)

 ハナシにはきいていたが、船内には昭和30年の青森駅周辺を模したセットが作られている。確かによくできている。ただ… 現物はここまでスラム風味ではなかったはずだ(笑) それに、スピーカーから流れる人形の人の声がインチキくさい。役者が演じているのだと思うが、本場の濃い人を使っていただきたかった。

 こういう施設にはありがちだが、映画を流していた。青函連絡船のドキュメンタリー映画で、ナレーションは国井雅比古。演出がNHKスペシャルっぽいので製作はNHKかと思ったらエンディングクレジットで判明。このドキュメンタリーはいい出来なのでまた見たい。

 今月だけやっている特別な展示、というのはかなりこぢんまりしていた。が一応全部見る。現在青森函館間を運行中のナッチャンRelaのビデオがあったのは…いいんかい?

 甲板に上がりブリッジにも行く。入るのは初めてだ。案外簡素だが、運用されていた時代はもっとごちゃごちゃしていたはずだ。それを見たかった。

 ブリッジに人が入ると案内放送が流れるらしい。"羊蹄丸へようこそ。僕は船長のいるかです"って、いるかだったのか!? オオウケした…と同時に眼帯天使のナイチチの方、というのも連想したわしわ駄目人間でございます。

 時間もおしてきたので船の科学館を離れ日本科学未来館へ向かう。道路を挟んで斜め向かいなので行きやすい。

(続く)

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